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富山が誇る名産「ますのすし」の歴史と名店を紹介!

 

こんにちは!カラクリジャパンライターのメドウです!

みなさんは、「ますのすし」をご存知ですか?

「ますのすし」は寿司酢で調味した鱒を笹の葉で包んだ押し寿司です。

今回は「ますのすし」の歴史と名店について紹介していきます!

 

ますのすしは駅弁ランキング上位の富山名物

 

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引用:http://ganryuan.hp.gogo.jp/pc/

 

東京駅をはじめ、デパートの催事場などの駅弁ランキングで必ず上位にランクインするのが「ますのすし」です。

「ますのすし」は郷土料理の鱒寿司を駅弁として商品化した富山駅の駅弁で、富山名物として知られています。
鱒寿司は、塩漬けした後、さらに味付けをした鱒の切り身に酢めしを重ねた押し寿司で、笹に包まれています。

笹は木製の曲わっぱの底に放射上に敷き、鱒と酢めしを押し重ねてから、折り曲げて包みます。

さらにその上に曲物のふたをのせた状態で売られています。

食べるときは曲物のふたをはずし、笹の上から、ケーキのように切り分けて食べます。

 

「ますのすし本舗 源」の駅弁がはじまり

 

引用:http://www.toyamashi-kankoukyoukai.jp/?tid=100006

引用:http://www.toyamashi-kankoukyoukai.jp/?tid=100006

 

鱒寿司は富山県の神通川流域の郷土料理です。

古くは享保年間に富山藩主であった前田利興の家臣吉村新八が、将軍徳川吉宗に献上した鮎寿司がルーツと言われています。

将軍吉宗が絶賛したという逸話の残る鮎寿司と同じ製法でつくられているのが、現在の鱒寿司です。
また、富山市にある鵜坂神社では、神通川で獲れた一番鱒を塩漬けにしたものを春の祭礼に供えていました。

それが、江戸時代に現在の鱒寿司に変化していったという説もあります。
「ますのすし」が誕生したのは、今から100年と少し前の1912 年(明治45 年)のことです。

富山駅構内で弁当や菓子を製造・販売業し、駅弁の立売をしていた店(現在の「ますのすし本舗 源」)が、郷土料理の鱒寿司を富山の名物にしたいという想いで、販売を開始しました。

当時、富山名物として知られていたのは「あゆずし」だったこと、富山駅を発着する列車が少なかったこともあり、「ますのすし」が全国に知れ渡るには、第二次世界大戦後まで待たねばなりませんでした。

 

寿司は日本を代表する食文化

 

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/寿司

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/寿司

 

現在、ますのすしを富山で作っている会社は20から30はあると言われています。

それぞれ、生寿司のようにお刺身に近い鱒が乗ったもの、しっかり押されてご飯にまで鱒の風味が感じられるもの、酢の強弱と個性がわかれます。 実際に食べて試してみたいところですね。

当メディア・カラクリジャパンでも、寿司職人の技を発信しています!

日本を代表する食文化である寿司をぜひともご覧ください!

 

>>寿司 職人 上岡さん

 

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